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人は見た目が100パーセントという考え方は古い!地毛申請のバカバカしさを斬る!

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人は見た目が100パーセントというドラマが人気だ。

タイトルだけ聞くと批判が殺到しそうである。中身を見ろと。

人を見かけで判断しないなんてことは、いつの時代も言われ続けていることだ。

だが、教育の現場ではどうも違うらしい。

今回は別にドラマの感想とかを述べるわけではなく、最近話題になっている都立高校の約半数が実施しているという「地毛申請」について意見をする。

賛否両論あるかとは思うが、個人のブログなのでそこは自由に書いていくのでご容赦を。

では、いってみよう。

1.はっきり言おう。バカバカしい。

まず、率直に地毛申請などという無駄なことはやめるべきだ。

校則で決まっているとしたら、個人的には染髪に関する校則を撤廃してもいいと思う。

「高校生らしい清潔感のある清楚な服装や頭髪が望ましい」的なことが校則に記されている場合がほとんどであろう。これに一体何の意味があるのか教えてほしい。

そんな生徒の縛り方をするのであれば、教師も毎日スーツでビシッと決めてきて、白髪染めも使わないと決めないと不公平である。

地毛じゃなきゃダメだというその変な縛りが、例えば病気でカツラを被らなくてはいけない生徒やハーフの子の「仲間はずれ感」を増幅させていくと思う。

規則で縛るということに敏感になりすぎているから、面白みのある人間が育たないのだ。

2.髪の色で人間は決まらない。

私の通っていた高校では制服がなかったし、髪の色についてとやかく言われることもなかった。そんなことで人間を判断しないという雰囲気が根付いていたし、それぞれが個性を惜しみなく表現することで学校はとても面白かった。さらに言うと、ド金髪のヤンキーみたいな風貌をしている友人は東大に現役合格を果たしているし、キャバ嬢みたいな恰好で校内を歩いていた女子も国公立大学に現役合格している。

彼らは勉強だけに興味があるわけではなく、ファッションや音楽にも興味を持っていた。ガリ勉というわけではなかったし、普通に面白い人だった。

大半の高校生がそうなのだ。髪の色でなにかが変わるわけではなく、むしろプラスに働くことが多いと思う。

少なくとも、そんなに目くじら立てて怒ることではない。

3.ハーフの子はどうしたらいいのか

これが一番の問題だ。

地毛申請という意味の分からないシステムのせいで、ちょっとした疎外感を強制的に感じさせてしまっている恐れがある。

「みんなと違う」ことを明確に示さなくてはならないというのは、人によっては苦痛である。

黒髪にすることは良しとするのであれば、それこそ大問題だ。ここまでくると明確に差別になる。

これからハーフの子は増えていくと思うし、クラスにいるのが当たり前になっていくだろう。

そんな中で頭髪に関する規則をいちいちチェックしている暇があったら、もっと生徒のためになる仕事に時間を充てるべきだ。

4.いつまでも大人の偏見を押し付けるのはよくない

よほど新しい学校でない限り、校則は少なくとも30年くらい前には制定されていると思われる。30年も経てば世の中はだいぶ変わっていく。もし高校として伝統を重んじるという方針なのであれば、宝塚音楽学校くらい厳しくやったらいいと思う。所詮どこの学校も中途半端に個性を重視とか言っちゃってるから、地毛申請をしなくてはいけないような状態になるのだ。

「校則に縛られて生きてきたからこそ、こうやって立派な大人になれたんだ」という教師がいるのであれば、生徒が納得するような理由を説明してあげたらいい。個性を押さえつけてでも縛られておけと言うに足りる理由を、しっかりと伝える。そんなことができる教師はなかなかいないのではないだろうか。

5.まとめ

人は見た目が100パーセントなんてことは絶対にない。

偏見を教育の場に持ち込むのは良くないと思うし、髪の色なんて自分たちで判断させればいいのだ。本気で甲子園を目指している球児たちは、規則になくても、言われなくても坊主にしている。そういうものである。放任しても生徒たちがルールを作っていくような環境を整えることこそが必要なのではないだろうか。

以上、赤鷲でした。

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