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【コラム】なぜメディアは「揚げ足取り」が好きなのか考えてみた

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本質はイジメと変わらないのでは

メディアの揚げ足取り。

最近でいえば、今村復興大臣の辞任騒動が記憶に新しい。

首都圏に東日本大震災と同規模の災害が起こったらどのような被害が出るかという発言の中で、「まだ東北でよかった」という発言が出たのを切り取って報道し、大問題にした。

もちろん今村復興大臣も軽率な発言であったことは間違いないし、被災地の方々は悲しむかもしれない。

しかし、それ以上に問題なのは、「このままじゃ首都圏に地震が来たら大変なことになるから、もっとしっかり対策をしよう」という大臣の発言の要旨すら報道されていないところである。

大臣が伝えたかったことを伝えずにただ揚げ足を取って切り取った発言を報道するのは、端的に言って言葉の暴力である。

分かりやすいように例えてみると、ただ用事があって女子と話していた男子が、その会話の中で「好き」という言葉が聞こえたというだけで、クラスメイトに「○○が××のこと好きだってー!」と叫ばれ、周囲の人たちがあちこちで噂を広めていくような感じだ。中学生かよ。

この状態になったら、いくら「違う」と言っても簡単には収拾がつかない。これは確実にいじめである。だがこれとそっくりなことを日常的にメディアは行っているのだ。

メディアは伝言ゲームが超下手

よく芸能人の言葉が切り取られて報道され、その人の印象を変えてしまったり、批判が殺到する事態が起こっている。メディアがそういう存在なのだと考えている芸能人たちは、「発信」をなるべく避けるようになる。そして、我々一般人とはほとんど接点がなくなる。

芸能人であればそれでも問題はない。我々に対して何かを伝える義務はないし、我々も芸能人の私生活や考え方を知る権利はない。

だが、政治家はそうはいかない。国民に対してなるべく発信していかなければならない。我々には国政に関して知る権利があるし、選挙で決めた議員が国民の考えを代弁してくれているという前提で参政権が認められているため、権利を行使するためには彼らの仕事内容をしっかりと知っておかなければならない。そのためにメディアが介在し、政治家は我々に対して伝え、我々は報告を受ける。

簡単に言えば伝言ゲームだ。政治家から我々まで真実がそっくりそのまま伝えられることが大事であり、その内容の良し悪しは我々が決めるべきなのだ。

なのに、メディアは伝言ゲームが群を抜いて下手くそである。よく芸人がボケを狙って伝言を面白く変えて次の人に伝えていくが、メディアは大まじめにボケを行っている。そのせいで政治家も我々も意思疎通ができなくて困るのだ。無論、このやり取りに笑いは不要である。

なぜ、このような「揚げ足取り」が行われるのだろうか

それは、メディアが権力に溺れている証拠であると私は考える。

発言者の真意を伝えなくても受け入れられている現状が大問題のなのではないか。

メディアへの監視の目が強くなっているとはいえ、ほとんどの人はメディアから受け取った情報を確認せずに鵜呑みにしている。そして、その情報をもとに政権を評価し、身近な指標でいえば内閣支持率などでその結果がすぐに反映されてしまっている。さらに言えば世論調査を行っているのもメディアであって、「自分たちの報道で世の中を動かしている感」というのは少なからず感じているのだ。それが「正確に報道する使命感」に繋がるのか、「世の中を掌握する支配感」に繋がるのかは分からない。だが、いずれにせよ、メディアを通してしか国政の実情を知る術がないことは確かである。少なくとも印象操作を行えるだけの力はあるのだ。

情報の川下にいる我々ができることは何なのだろうか?

理想的なのは、実際に一次情報(発言者当人が言っていること)にアクセスすることである。

自分で一次情報を解釈し、考える。それがメディアを介した伝言ゲームから抜け出す一番の方法である。

国会中継を最初から最後まで見てみると、いかに一つ一つの発言が切り取られているかがわかると思う。

街頭でインタビューを受けたことのある人なら分かるかもしれないが、発言の大部分はカットされ、さもありきたりな感想を述べているかのような印象操作をされることが多い。

政治家と言えど全員が話上手なわけではないし、話が上手だからと言って仕事をまじめにやっているかどうかは分からない。メディアに頼らず一次情報にアクセスすることが、結果的に正しい判断をするための近道になると思う。

先ほども記したが、メディアの情報を鵜呑みにしてしまう大多数の人がメディアを暴走させているという事実をしっかりと考えるべき時期に来ているのではないだろうか。

インターネットの普及は我々が能動的に情報に触れることを促進するため、メディアの権力を抑制することにもつながるはずだ。

もし、自分で一次情報までアクセスするのが大変だと思う方は、最低でも数社のメディアを通して情報を受け取るようにした方がいい。

また、テレビであればコメンテーターの意見も聞いておくべきだ。彼らは自分の専門分野の視点から話をするため、メディアとは違った視点からの意見を発信してくれる。勿論、これも鵜呑みにすることは避けたいが、多くの情報源から最終的に自分の意見を醸成していくという気持ちでニュースを見るようにしたいところである。

評価すべきは「成果」

また、我々は政治家の一挙手一投足を気にするのではなく、長期的な目で見て「成果」を判断するという考え方を持った方がいい。確かに舵取りを間違えば成功することはないのかもしれないが、一国を動かすのに1年やそこらでガツンと効く政策なんて存在はしないと思った方がいい。政治家の失言を擁護する気は全くないが、あくまでも政治家を判断するのは任期中に成果を出したか出していないかという点に絞るべきだろう。

頻繁に辞任させていたらいつまでたっても前進はしないし、仮に失言やスキャンダルで大臣や現職議員の資質を問うて政権が移ることになっても、次の政権の目標は「失言やスキャンダルのないクリーンな内閣を作ること」程度で収まってしまう。前政権で政策を完遂できなかったとなると、国民はその部分の評価ができないのである。やろうとしていたことが正しかったのかどうかを判断できない状態を回避するためにも、ある程度は時間を取るべきだ。

政治の本質は「国をよくするかどうか」である。このことをしっかりと意識して、メディアの揚げ足取りと向き合っていかなければならないと思う。

長々と考えを書くだけのコラムになってしまった。笑

次回の更新はもっと明るく楽しいものにしようと思う。

以上、赤鷲でした。

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