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森友学園で話題になった「忖度」とはどういう意味か?誰でもフツーにやってることだよ!

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森友学園と言えば、首相夫人との関係やその他政治家との関係性が連日ニュースで取りあげられている学校法人である。
よくこのニュースを報じるとき、「忖度」という言葉を耳にするなと思う方も多いのではないだろうか?
今回は、忖度の意味とその例について解説していく。

そして、筆者の思う忖度の未来についても言及していく。お楽しみに。

1.忖度とは

まずは、忖度の辞書的な意味を調べてみよう。

そんたく【忖度】の意味

[名](スル)他人の心をおしはかること。「相手の真意を―する」

出典:デジタル大辞泉

と書かれていた。

相手はこう思っているだろうな、こうしてほしいんだろうな、といった感じであれこれと思いを巡らせるという意味である。

忖度と聞くと何だか政治の世界だけの行為なのではないかと思ってしまうが、実際はみんないつでもやっていることなのだ。

たとえば、彼女とのデートを計画しているとき、彼女はどんなことをしたら喜んでくれるだろうかと考えるだろう。それは間違いなく忖度をしているのである。

相手が言葉にしなくても、気持ちを汲み取って先回りして行動する。

忖度という言葉は人付き合いの中でとても大事なものであり、政治的な意味などは全くないということはまず覚えておきたいことである。

2.忖度の有名な例:豊臣秀吉

では、1つ忖度の有名な例を挙げて説明していく。

とりあげるのは、誰もが知っている豊臣秀吉の忖度についてである。

豊臣秀吉は農民の子に生まれ、のちに天下統一を成し遂げる稀代の「出世男」だ。

そんな彼はどのようにして天下人までのし上がったのだろうか?

そこには「忖度」があった。

織田信長に仕えた秀吉は、最初に馬飼いをやれと命じられた。秀吉は馬飼いの仕事を命じられてからというものの、馬の手入れをとても丁寧に行った。その甲斐もあり、信長の馬はいつでも毛艶のある美しい馬だったのである。この働きが信長に認められ、馬飼いよりも地位の高い草履取りになることを命じられた。

この馬の毛艶をピカピカにするという行為は、秀吉の出世街道のスタートであった。

秀吉は信長が喜ぶだろうと考えていつも馬の世話を欠かさなかったので、これは信長の気持ちを「忖度」したことになる。

もっとも、秀吉はただただ懸命に与えられた仕事をしていただけに過ぎないかもしれないので詳しくは本人に聞かないと分からないが。笑

さて、草履取りに命じられた秀吉はあの有名な忖度をして、さらに信長に気に入られるようになる。

冬になると、室内から外に出るときは履物も冷たく、ひんやりとして少し憂鬱な気分になるものだった。これは今も変わらないことだと思うが、当時は暖房というものがあまりなかったので現代よりもひんやり度は高かったであろう。

そこで秀吉は、信長が草履をはくときに少しでも冷たさを和らげるために、自分の懐で草履を温めておくという行為をする。

この心遣いが信長に気に入られ、さらなる出世をすることになる。

この草履を温めるという行為は、おそらく日本で一番有名な忖度の例であろう。

このような細やかな心遣いをすることによって、冷徹な男として知られた信長に気に入られていき、最終的には天下を統一してしまうのだから秀吉は本当にすごい。

3.忖度の価値は時代と共に高くなるのか、低くなるのか

秀吉の忖度エピソードを通して、忖度というものが出世には必須条件だと思った方も多いのではないだろうか。

誰しも相手の気持ちを推し量って行動することはあると思うし、それが円滑なコミュニケーションのスキルでもある。難しく考えなくていいだろう。

このようにザッと忖度についてまとめてきたのだが、相手の気持ちを推し量るということの価値が今後どのような変化をしていくのかという点に筆者の関心はある。

戦国時代と現代の大きな違い

秀吉の生きた戦国時代は、現代に比べて通信手段がとても限られていた。

現代のように頼みごとがあったらすぐにメールやラインでお願いすることもできないし、そもそも殿様に会うこと自体そう簡単なことではなかったのだ。

こう考えると、「相手の気持ちを推し量って行動する」ということの価値は、現代よりもずっと高かったように思う。

一度の連絡にかかる時間を考慮すると、一度の連絡から多くのことを察して素早く行動することが当時の武士には求められていたと考えられる。現代では「ほう・れん・そう」を厳守することが大事だとよく言われているが、戦国時代では相談することは簡単ではない。現代に比べて圧倒的に時間がかかる。こんなことを考えると、当時の武士はほんとに大変だったんだなあと思う次第である。

ミスったらすぐに首切られる(リアルに)時代だったので、その緊張感は半端ではなかったのではないかと思う。現代社会もたくさんの問題はあるが、住みやすくなってきているのではないだろうか。少なくとも戦国時代よりはよくなっているはずだ。プラスに考えていきたいものだ。

人工知能の台頭と忖度

さて、では現代での忖度はどのような価値を持つのかというお話であるが、筆者はとても悩んでいる。

忖度の価値が上がるのか、上がらないのか。

筆者が悩んでいるのは、人工知能の台頭という部分だ。

人工知能が発達してくると、他人の気持ちを推し量らなくてもよくなる未来が来てしまうような気がするのだ。

「○○さんは今こんなことを望んでいます。なのであなたはこのような行動をとり、このような振舞いをすることをお勧めします。」

こんな感じに指示される時代が来るかもしれないのだ。怖い。怖すぎる。

これがストレスフリーな社会を作ることにつながるかもしれないし、一概に悪いとは言い切れないが、筆者としてはこのような時代が来てほしくないなと思っている。

人間としての尊厳というか、楽しみが奪われるというか…

恋の駆け引きとかもなくなってしまうと考えると、うーんって感じがしてしまう。

そもそも恋の駆け引きなんて考え方すらなくなるかもしれない。

ドラマとかすごいつまらなくなりそう。

人工知能頼みの恋愛ドラマなんて成立しないんだよなあ。

気持ちのすれ違いとか、伝えたいことを伝えられないとか、そういったところに対して共感するから面白いんだよね。百人一首の恋歌に現代人が共感できるのは、古くから変わらない感性が存在することの証明ですし。

忖度って人間特有の行動なのかもしれない。

この言葉が消滅する頃には、きっと日本人はみんなロボットになってるんじゃないかな。怖い。

5.まとめ

忖度という言葉を説明するところから入って、最終的には人類の未来を危惧するような内容になってしまった。笑

忖度して、他人の気持ちを推し量って悩むことって実はすごく価値のあるものなのではないかと筆者は考える。

悩みすぎるのは問題だが、悩まなくていいとなると人間じゃなくなる気もする。進化もバランスを考えていかないといけないなと思う。

悩むことも楽しめるような人間でありたい。

以上、赤鷲でした。

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